症状を止めることは、治ったことになるのか?

体の反応と捉え方

まずはそこから考えないといけません。

一般的に「症状」の意味として語られるのは、防御反応修復反応です。これは、症状の原因を完全に完治させるのに必要な反応と言っていいでしょう。


何かしらの症状が出たとき、誰もが不快に思うものです。だから、それを治すために多くの人は病院に行きますよね?

何のために行くかと言ったら、もちろん治してほしいから行く。不快な症状をなくしてほしいから行く。

治療の多くは、症状に対して何かしらの処置や投薬が施されるのではないでしょうか。そして、不快な症状は緩和します。

言い方を変えれば、
「臭い物に蓋をする」
行為と言えなくはないでしょうか?

そこで多くの人は「病気そのものが治った」と思うに違いありません。
でも、これはたぶん病気が治ったというより、単に症状が抑えられたことで治ったように感じた。という方が正しいような気がします。
要は臭い物に蓋・・・

だって症状とは、治癒に必要なプロセスですから。
そのプロセスを一時的に抑えたわけです。
それなら、本当の治癒は先送りされたと考えられはしないでしょうか?

だったら、何もせずに布団に入って安静にし、症状を出し切ったほうが早く終息する気がしませんか?

どちらの場合も、最終的には自分自身の力で治癒していきます。

臭い物に蓋をする

完治までに時間がかかっても、症状を抑えて楽に治癒させたいのか。
症状がつらくても、その症状を出し切って、速攻で治癒させたいのか。

そういう話になると思います。
皆さんはどちらを選びますか?
私は後者を選びます。

この話は重篤な病気や症状のことではなく、日常的に起こりがちな一般的な病気に対しての話として聞いてください。

寝て治す

ここで伝えたいのは、体が出している反応を、
善と捉えるのか
悪と捉えるのか
ということです。

悪いと捉えるなら、
体の出す反応には従わず、そのプロセスを無視するということ。

善と捉えるなら、
体の出す反応の意味を理解し、そのプロセスに従うということ。

このようになるのではないでしょうか。

どちらの捉え方をするか?
そして、どちらのアプローチを選ぶか?

その違いによって、短期的には何も変わっていないように見えても、長期的には大きな差が出てくるのではないかと思えてしまいます。

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