体に起こる反応には、必ず理由があります。
ただしその理由は、必ずしも「病名」や「原因」として分かりやすい現れるとは限りません。
今回は、春が近づくと毎年のように話題になる「花粉」をきっかけに、
体の反応の違いや感じ方の差について、少し違った見方で考えてみたいと思います。
花粉対策のような答えを出すための記事ではありません。
体とどう向き合うか、その捉え方について私の経験から考えた思考メモです。

冬も終盤に差しかかる頃。
「暖かい日が増えてきたな」
と感じると同時に、耳にするようになるのが花粉の話し。
花粉は昔から存在していたものなのに、
なぜ現代では、これほど多くの人が悩まされるようになったのだろう。
でもこれはみんなが皆、同じではありませんよね。
2人の人間がまったく同じ時間、同じ環境、同じ場所で花粉に晒されていても、
反応の出方は大きく違います。
何も起こらない人もいれば、
鼻水が止まらず、くしゃみが続き、涙が止まらなくなる人もいる。
同じ空間に、同じ「異物(アレルゲンになりうるもの)」が存在しているにもかかわらずです。
例えば、私の家族。
私以外は全員花粉症ですが、
皆が鼻水と涙で大変な時でも、私は特に何も起こりません。
昔は私の記憶でも花粉で悩む人などいなかったと思います。
昔と今とでは何が違うのでしょうね。
たぶん現代の花粉は、
もはや「純粋な花粉」とは言いきれないのかもしれません。
排ガスや排煙、PM2.5などの大気汚染物質が付着した花粉である可能性は、十分に考えられます。
そう考えると、
汚染物質が付着しているかもしれない花粉に反応しないことの方が、
逆に問題なのではないか、とも思えてきます。
鈍感すぎる?
体がそれを異物として認識し、反応を起こす方が、
体としては「正しい働き」をしているのかもしれません。
ただし、これは感作性の違いや、
反応が出る「閾値」の差による部分も大きく、
やはり体質の違いが影響しているとも考えられます。
寒いと感じる温度、
暑いと感じる温度、
すねをぶつけた時に痛いと感じる強さ。
これらは人によって、すべて違います。
経験上、
閾値が低い人ほど、肉体が過敏な状態になっているように感じます。
肉体が過敏であるということは、
言い換えれば、体のセンサーがとても敏感に働いている状態とも言えます。
では、なぜ体はセンサーをそこまで敏感にしているのでしょうか。
私が思うに、
それは危機的な状況を、できるだけ早く察知するため。
ではないかと想像しています。
裏を返せば、
それだけ体に「ゆとり」がない状態なのかもしれません。
早い段階で危機を感じ取らなければならないほど、
常に緊張した状態にある、ということです。
花粉に対して過敏に反応する体にも、
そうした事情が関係しているのかもしれない。
そんなことを、ふと考えることがあります。
もちろん、この話は科学的な根拠があるわけではありません。
これはあくまで、体を見続けてきた中で生まれた私自身の仮説です。
ただ、
「反応しやすい体=弱い体」
「何も起こらない体=強い体」
こんな単純な話しではありません。
どちらかに決めつけてしまうのではなく、
体は何を守ろうとして、今の反応を選んでいるのか。
そういう見方で、自分の体を眺めてみるのも悪くないのではないでしょうか。




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