体を整えたいと思った時、
「定期的に通わなければ変わらない」
そんなことが前提になっている昨今。
言われるがままに受け入れてはいないでしょうか。
サロンに通うこと自体が悪いわけではありません。
ただ、本当に体を変えようとするなら、
その関わり方には、
もう少し別の選択肢も考えた方がいいかもしれません。
そんな違和感から、今日はこの話をしていきます。
「体を整えるには、定期的に通う必要がある」
サロンに限らずショップ経営では、いかにリピートさせるかが売上の維持には重要になります。
昔、接骨院に勤めていた時も、この辺の教育をしっかりと受けました。
もちろん、技術的な訓練も定期的に行っていましたが、新患をいかにリピートさせるか。この辺りの誘導の仕方やトーク術など、何度も練習した覚えがあります。
これはサロン経営する上で、集客セミナーや集客教材などでも、必ずおこなう内容ではないでしょうか。
もちろん、クライアントさんの悩みを解決するのに必要なことならば、リピートしてもらうことは必要です。でも、その必要が無い場合だってあるはずです。
この辺りの対応は、正直私は苦手でした。
すぐに効果を感じられるなら、通うに越したことはありません。
しかし、世の中の全ての人が、資金的に余裕があるわけではありません。
短く終わらせることも必要だと思っています。
本来であれば、体は常に最善な状態を目指し調整されています。
ぶっちゃけ代謝が整っていれば、勝手に回復の方向に向かうものです 。しかし、現代人は整っているとは言えない健康状態の人が多いと感じます。
そのような人には施術者がサポートし、改善のための方向性を示すことは有効なことだと思います。
でもメインは自分自身の肉体が持つ調整機能です。
施術者である私たちはそのサポート役なのです。
回復の方向へ向かわせるのは、その人自身の体なのです。
私たち施術者は最小限のサポートをするだけ。
あとは体が勝手に最善の状態に向け調整していくのです。
自分自身の力では無理なのであれば、一度専門家に見てもらうことも選択肢の一つです。そこで問題なければ、次の方法に移ればいい。
もしその方法が私たちであるなら、
先ずは体の今の状態を確認し、
客観的に今の状態を見る。
その結果に合わせて必要な道筋を提示し、必要ならば施術を施し、あとは体に任せれば良いのです。その後は、それほど頻繁に通う必要はないと考えます。
ただ、肩こりのような根本的な変化を目的としないものであれば、肩が辛くなる都度、通って施術をしてもらうのはありだと思います。
本心で言えば、頻繁にリピートしてくれるほど、経営的には嬉しいものです。
でも頻繁に通うということは、
回復するためのプロセスを
「第三者に任せっきりになっている」
とも言えるわけです。
本来なら肉体自身が調整することが回復するための本質なのに、その主役から降りてしまっているとも言えるのです。
しかし、自分だけでは本当に正しい道を進んでいるのか、不安になることもあるでしょう。自信をもって取り組んでいたつもりが、思ったように調子が上がらないなど。
そんな時に初めて第三者の力を借りる。
今の体の状態を確認しアドバイスを求める。
一定期間毎に進捗状況を確認することは大事ですが、それはそんなに短い間隔ではない。
体は何か新しく始めた時に、変化として現れるのに100日、約3ヶ月かかると言われています。
そうであるならば、
新しい習慣を始めたとしても3ヶ月間はほとんど変わらない。
だから3ヶ月以内に何度も通う必要も多くない。
根本的解決が目的であるならば、あまり意味がないと言えるのです。
最低でも100日、6ヶ月や1年でもいいです。
それくらいの頻度で通いながら、間違った方向に行っていないかの進捗状況だけ確認すれば大丈夫と言えます。
比較的短期間で起きたものは治るのも早い。
しかし、長い時間をかけて積み重なったものは、長い年月をかけて変化している場合がほとんどです。
そのような場合ほど、
長い時間を掛けなければ元には戻らない。
肉体のシステムを根本から変えるのに必要な年数は約3年から5年。これは、傷んだ土地を再生させるのに必要な年数と同じと言えます。
表面的な問題を調整するのと違って、根本的な取り組みは体の調整リズムに合わせてジワジワとやる必要があります。
それくらい時間をかけなければいけないミッションなのです。
体の声に耳を傾けながら、
体が整えることを邪魔せず、
進むべき道を間違えなければ、
体は自然い正しい方向に調整してくれるはずです。
私たちがやることは、
数カ月に1回程度進捗状況を確認し、
進むべき方向の確認と、ズレがあれば微調整するだけです。
体は急には変わりません。
続けるのに無理のないやり方で、体が変わるその日が来るまで、焦らすコツコツ継続していきましょう。
体を変える主役は、いつも自分自身。
私たちは、その歩みがズレないよう、そっと伴走する存在でありたいと思っています。





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